2009 神戸・週末ボランティア
News and Reports
We love KOBE Weekend Volunteer

阪神淡路大震災の被災地・神戸で今なお復興住宅への訪問活動を続ける「神戸・週末ボランティア」の活動報告です。
Blog This is 神戸・週末ボランティアもよろしく!

(年別に古い記事から順に番号をつけていますが,新しい記事が上になるように配置しています。)
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訪問活動500回記念プレ企画 震災被災者とボランティアのつどい

12月26日の訪問活動のあと,東條代表と話し合い,恒例のつどいを,下記のように呼び掛けることにしました。
またこれに加えて,2009年の「希望の灯り」分灯にかわる,ささやかなキャンドルイベントと,活動をふり返る資料を,私の方で準備させていただきます。


訪問活動500回記念プレ企画
震災被災者とボランティアのつどい

今年で16年目。すさまじい「1.17」の記念の日がやってきます。
この日は、震災被災者とともに、ボランティアも襟を正して、深く考えなければなりません。
あれから丸15年。一体どういう事が起こったのでしょう。

日時:2010年1月9日(土)午後2時半〜5時
集合場所・時間:「神戸市勤労会館」(三宮から徒歩5分) 午後12時半に、前庭に集合の後、13時10分のバスで現地に向います。

会場:神戸市中央区 HAT神戸・脇の浜住宅 8番館108号室 倉谷志之武さん宅 直接来られる方は、会場へおいでください。
(ご連絡は078-795-6499、ケイタイ090-81821-9709の週末ボランティアの東條健司まで。)

 週末ボランティアは、1995年の1月から活動を開始し、5月まで避難所の炊き出しのボランティアを続けてきましたが、被災者の方々が本当に求める活動を目指して、お話し伺いボランティアに方向を切り替えて更に活動を続けてまいりました。仮設住宅では、たくさんの相談とお話しを伺い、須磨区と西区の膨大な仮設住宅群を廻り、4年目と5年目には復興住宅に移り行く人々を見守りつつ、お話し伺いはついに震災復興住宅に移って行きました。
 復興住宅訪問活動は、西区の西の端から東の井吹台まで、須磨区の全てと垂水区のベルデ名谷までと行った後、中央区・灘区のHAT神戸などを廻ってまいりました。現在はHAT神戸・脇の浜住宅の3回目を廻らせていただいています。
 総数で訪問した戸数は32,556戸、訪問参加人数は16,056人、訪問回数は498回になります。(2009年12月26日まで)
 今では月2回の訪問活動で、少ない参加人数にもかかわらず、必要性は増すばかりだと思います。訪問活動は、カンパなどに励まされて、頑張って継続しております。年に一度のつどいに、是非ご参加ください。

2009/12/28 ↑TOP


第498(新生56)回 訪問活動

新生週末ボランティア第56回目となった12月26日の訪問活動は,年末の多忙でお話し伺いできないところも若干ありましたが,2新聞社の取材が入るなか,師走としては暖かな中で行われました。例年のことながら,この時期になると「1.17」が近づくことから,取材が目立ちますが,今回は,来2010年2月に訪問活動通算500回をむかえることによるのでしょう。それはともかく,内実と資質において評価されて伝えられることを願いたいものです。

復興住宅現地に向かう前に,勤労会館の一室で訪問前レクチャーを行い,訪問にあたっての意思統一を図っていますが,その場に,グループとしてとは関係のない“活動”で,一人の人物が現れました。先の「確認調査報告」に記した件は,この者によるものであったため,レクチャーや訪問活動準備に支障がないよう,室外にて,口頭で注意しました。

「お話し伺い」から出発して,支援ニーズにどうこたえるかも,大事な課題です。仮設住宅訪問活動をしていたときは,支援ニーズに関する情報をグループで共有し,それをもとに対応できるボランティアが個別に対応できるようにしていました。しかしながら,現在の情況にあっては,伺った支援ニーズをグループで共有するのはもちろんのことですが,対応についても,グループとして行っていく必要があります。そうしないと,グループの内外を問わず,悪用される恐れもあります。

もしそうなれば,お力になれないことが残念であるのみならず,これまで築いてきた信用も信頼関係も失われてしまいます。

今2009年最後となった訪問活動で伺ったところを,簡単に紹介しておきます。

・70代女性,夫婦と娘さんの3人暮らし。灘区で全壊。親族のアパートに避難した後,民間賃貸住宅を経て,旧公団に申し込んでこの復興住宅へ。2年に1度家賃が上がり,今度上がれば上限に。生活は,年金のほか,ご主人の仕事が週2〜3回,娘が出してくれている。70過ぎるとしんどい。不自由したが恵まれている方だと思う。
・40代女性,長田区で一部損壊。揺れで死ぬかと思った。水道が出てもガスが出ないと入れないので,風呂に困った。近くの小学校に2〜3ヶ月避難。市営住宅を申し込んでいたがなかなかあたらず,粗末ながら家賃の高い文化住宅などを経て,旧公団に申し込んでこの復興住宅へ。「生きてなんぼ,命を大切にしてほしい」と16年目の「1.17」を控えてのメッセージ。
・70代女性,夫婦2人暮らし。東灘区で全壊,近くの小学校に1月あまり避難した後,希望していたところがなかなかあたらず北区の仮設住宅へ。寒かったが,ふれあいセンターでお茶を飲んだりしたことを思い出す。3年8ヶ月過ごしたが,最後の半年はうちだけだった。旧公団から借り上げた市営住宅であるこの復興住宅に。年金が少なく家賃は低減されているが,値上げされた。
・60代女性,中央区で全壊。お留守でしたがシートに記入してくださいました:家探しに苦労しました。水,食べ物に苦労。家賃の軽減をお願いします。
・30代女性。被災者枠ではなく一般入居とのことだが,インターホン越しにお話し伺い。震災の年に成人式をむかえた。犠牲者をもっとも多く出した大学に通っていたので,地震発生がもう少し遅かったら自分も…。

訪問活動を行った12月26日,「読売新聞」の夕刊に「被災者に耳傾け500回…神戸の「週末ボランティア」3万2500戸訪問」が掲載されました。これは11月14日の訪問活動への同行取材によるものです。この日同行取材した「神戸新聞」は翌27日の神戸版に「震災被災者訪問500回に 神戸の市民団体」を掲載してくれました。

2009/12/28 ↑TOP


2010年1月9日集会私案

訪問活動500回記念プレ企画
震災被災者とボランティアのつどい2010

 阪神淡路大震災が発生した1995年,仮設住宅への訪問活動を開始し,1999年から復興住宅への訪問活動を続けてきた,神戸・週末ボランティアは,2010年2月13日の訪問活動で通算500回をむかえることになりました。
 平均数週間の避難所,最大4年の仮設住宅での生活に続いて,復興住宅での生活が早くも10年を越えるようになりました。これは,震災後から現在までの2/3〜3/4の期間を占めるものです。
 現在の被災者−復興住宅住民のナマの声を聞き,ボランティアとともに語り合いながら,10年〜干支一回りとなった,復興住宅生活やそれをめぐる情勢をたどり,これまでの神戸・週末ボランティアの活動をふり返りながら,15年目の被災地からの問題提起を,ともにつくり出していきたいと思います。
 2010年1月9日


集会の準備と進行にあたっては,極力簡略をもってするとともに,活動の内実を示せる工夫をしたいと思います。

・スケジュールは,黙祷・乾杯に続き,趣旨説明と資料紹介のあとフリートーキング。
・日程の都合上,昨年のように「希望の灯り」分灯はできないので,必要であれば,これと関係なくキャンドルを持参。

配布資料の構成
・目次・趣旨説明・スケジュール(上記)
・新聞記事紹介(09年1月〜)
・初参加者の感想(09年1月〜)
・神戸・週末ボランティアのあゆみ
  ( http://kobe.cool.ne.jp/weekend-volunteer/activity/hist.html 掲載分に写真追加)
・2009年訪問活動概略

この資料は,会場で参加者に配布するほか,集会後随時,初参加者及び外部に配布して,ひろくグループの活動の現状を知ってもらうべく活用したいと思います。

2009/12/25 ↑TOP


第497(新生55)回 訪問活動

新生週末ボランティア第55回目となった12月12日の訪問活動は,恒例の神戸ルミナリエに大勢の人が神戸三宮〜元町にやってくる中,師走をむかえて多忙となった常連参加者が何人か抜けてしまった一方,就職活動で多忙になりつつある3回生の大学生が初参加してくれました。

資料をもとに簡単にレクチャーしたあと,復興住宅現地へ向かいました。時には高層階から見える六甲の紅葉を愛でながら,「お話し伺い」に,積極的・主体的に臨む姿に,新鮮さと心強さを覚えました。また,訪問活動を終えたあとは,いつも自宅を活動場所に提供してくださっている倉谷さんの誕生日(赤穂義士討ち入りの12月14日)を,新たな仲間を交えて,前祝いしました。

今回うかがったところを簡単に紹介しておきます。

・20代男性,中央区で被災。住める状態ではなかったが全壊判定にならなかった。仮設住宅には入らず姫路の親戚宅へ身を寄せた。復興住宅入居に不利となったため,竣工が遅かったこの復興住宅へ。
・60代女性,東灘区で被災。娘さんと同居。もう一人の娘さんが双子の出産のため入院中で,その看病と孫の世話に追われている。被災当時少年であった息子さんも独立しているが,近くの公営住宅に住むようになり,やはり孫の世話などをあてにされているとのこと。
・70代夫婦2人暮らし,東灘区で全壊。六甲アイランドの仮設住宅からこの復興住宅へ。入居申し込み当時,奥さんがまだ60歳に達していなかったため,高齢者世帯として優先されなかった。下敷きになった人を皆が持ち寄れるものを持ち寄って助けようとしたというお話しは,初参加者の心に残った。

2009/12/21 ↑TOP


確認調査報告 (続・【警告】Re: 第497回、傾聴ボランティアの募集【注意】)

先にここで指摘した件について,確認調査に行ってきました。

訪問活動があった翌日,(12/13)午後3時頃,前々回(11/14)の訪問活動の際,ある参加者が住民の方が自ら記入した「支援シート」を回収し,その後,メモを投函してきたなど,グループとは別に一人で対応してきたと称する件について,現地お宅を訪問し,ご本人とお会いすることができました。

記入された内容及び,件の参加者が「報告」しているものついて,確認が取れました。

現在も他所でほとんどフルタイムのように仕事をされていて多忙で,土曜日も仕事が入っていて,いつも不在だったとのことでした。訪問時もまだお風呂だったようでした。

実際にお会いして確認をとったうえではなく,メモや電話だけのやりとりでは,本当にして欲しいこと,しなければならないことなどがきっちりと伝わらず,理解されないままになってしまっていたことが,よく解りました。したがって件の参加者が渡したとするメモについても,当を得ていなかったことも判りました。

直接お会いできないまま,一人のメンバーに任せきりにして,グループとして十分な対応ができず,お力になれなかったことを残念に申し訳なく思う旨を申し上げておきました。

これを同日中に東條代表に報告,これをもって本件は終わりとすることになりました。お力になれず,お役に立てなかったことは残念ですが,いい加減な判断による勝手な行動で,かき回してきただけの対応をしてしまった以上,仕方ありません。

今後は,
・訪問活動は必ず複数名で行動し,一人で行動しない。
・相談・協力といった行動は,必ず本人と面談の上,事実確認やニーズ確認をしてから,グループとして対応する。
などといった内部チェック体制を,しっかりとる必要を痛感しました。

12月12日の訪問活動には,就職活動が忙しくなる中,初参加の学生が来てくれました。これはありがたいことですが,就職活動が長期化する今の学生は,それだけ企業や組織を見ろ目が鋭く肥えています。そうした人から,きっちりとしたグループであると見られるよう,襟を正し,気をつけていきたいものです。

2009/12/21 ↑TOP


【警告】Re: 第497回、傾聴ボランティアの募集【注意】

今週末の訪問活動の案内が出ています。神戸ではちょうどルミナリエの期間にあたり,大勢の人が既にやってきていることでしょう。

募集・案内とあわせて,訪問活動の概略が掲載されています。これは11月14日のものですが,その最後に掲載されているものについて一言。

・70代女性、本人の直筆(達筆なしっかりとした字で書かれていた。)灘区で全壊。(ご健康状態は)今のところ良い (震災後ご苦労されたことは)一人暮らしなので働かないと暮らせない。 (今一番ご心配なことは)心配なことは、数年先の生活費 (国や県や市へ望むことは)平成22年4月から国民保険が1割から2割になるのは困る。バス、地下鉄、ライナーなど以前の様に無料にして欲しい。その他、JR、阪神、阪急電車も七〇歳以上は半額くらいにして欲しい。(その他何でも)200*年*月*日(*)から*月**日(*)まで一ヶ月、**********で和菓子とグリーンティーを販売する仕事についたのですが、1ヶ月で店を閉められて、私が働いた***円×***時間の給料******円が支払ってもらえず、相手の会社には連絡が取れず、色々手をつくしましたが、結局泣き寝入りです。私にとって10万は大きいのですが、どうしようもありません。何か良いアドバイスはありますでしょうか?  との書き込み。  (当たる事にした。) 

具体的な数字,企業名などは,不特定多数が見るところで掲載することは,プライバシーの暴露につながるもので適切ではありません。どうしても原文に近い形で掲載したければ,少なくとも件の部分は,このように伏せるべきです。弁護士などが相談を受けたり受任したりすれば,守秘義務の範囲に入るものです。理解を妨げない最小限の表記にするべきです。

また末尾に「(当たる事にした。)」とありますが,これは,このもとになった「支援シート」を見つけてきたとする一人の参加者が,グループとしての神戸・週末ボランティアとは別に,対応したい旨の申し出があったのであって,本件に関して,グループとしての神戸・週末ボランティアが,直接当事者に会って,事実確認の上,対応しているという意味ではありません。

当該箇所の修正・削除を求めるべきところですが,その前に,何がどう問題なのかを,読者諸賢に認識していただきたいと思います。

私たちの訪問活動,「お話し伺い」は,情況から学び,被災地の復興,被災者の生活再建に役立つために行うもので,「お話し伺い」をさせていただいた全ての方に尊厳を見いだすことが求められます。

学び,役立つとともに,尊厳を見いだすことを,今一度確認しましょう。

新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に活動報告と記録が出ています。
あわせて,この1年間の総括神戸・週末ボランティア再生プロジェクト2009,仮設住宅訪問活動の頃からの足跡をまとめた神戸・週末ボランティアのあゆみを,現在制作中です。

2009/12/08 ↑TOP


第495(新生53)回 訪問活動

新生週末ボランティア第53回目となった11月14日の訪問活動は,昨年より早く紅葉が見頃となる中,人生と復興住宅訪問活動のベテランである常連メンバーを中心に行いました。私自身も少し間が空き,前回の訪問活動への参加が,初秋であったところから,季節の移り変わりを感じさせるものがありました。そうした中でいくつかの充実したお話し伺いを実現しました。

またあわせて,来2010年の「1.17」に向けての取り組みについても,意見を交換しました。

・80代女性,夫婦2人暮らし。灘区で全壊。避難所はあまり大勢ではなく過ごしやすかった。六甲アイランドの仮設住宅を経てこの復興住宅に。補聴器を手にしながら,介護で疲れた身体を休める時間を割いてお話し伺いに応じてくださった。被災時1階で寝ていたご主人は,被災当日の23時頃になってやっと救出され,今年1月に倒れて7ヶ月入院,現在は要介護4の車いす生活だが耳はよく,お互い助け合って生活しているとのこと。
・70代女性,一人暮らし。灘区で全壊。被災後大阪へ避難。ずっと暮らした神戸に戻ろうとこの復興住宅へ。若いときは一人で生きていくのに必死だった。5年前まで働いていた。今は腰痛を抱える以外は健康とのこと。

2009/11/17 ↑TOP


第490(新生第48)回訪問活動

新生週末ボランティア第48回目となった8月22日の訪問活動は,仕事や余暇の合間を縫って参加した4名によって行われました。私たちが訪問活動を行っている土曜日の午後には,住民有志でカラオケの会が行われていて,そちらに参加している方も少なくないようですが,普段は在宅されていない方も含め,さまざまな方のお話しを伺うことができました。

訪問活動後,伺った内容を集約していく中で,一部の参加者が,お話ししてくださった内容を二の次にして,印象や雰囲気といった,自分自身が受けた感想の類を,主観的・感覚的次元でとらえ,それを専ら主としているような姿勢で「お話し伺い」に臨んでいたことが判りました。

正常化ー清浄化の取り組みを始める以前のような情況であれば,そのような活動の質でも許されたかも知れませんが,再生への過程を経つつある現下の神戸・週末ボランティアにおいては,いかがなものでしょうか?

言うまでもなく,復興住宅訪問活動−「お話し伺い」は,被災者支援の出発点であり,虚心坦懐に耳を傾けることが第一に要求されます。感覚や主観はバイアスとなり,なにがしらの目的のために利用しようとする姿勢・立場と同様,その妨げとなります。これから参加する一人一人が臨むべき基本的姿勢として,心がけるよう注意したいものです。

依然厳しい暑さの中,少人数の参加者で,一定の訪問件数をこなすことは,たしかにたいへんですが,体調に注意して,けっして急がず,あわてず,じっくりと腰をすえて,一軒一軒の訪問に臨みたいものです。その点では以前の反省と教訓が活かされ,進歩したといえるでしょう。

今回のお話し伺いのうち,私が伺ったものを簡単に紹介しておきます;

・70代女性,一人暮らし,中央区で全壊。震災時は入院中のお父様に加え,地震のショックで切迫流産しかけた娘さんに付きっきりとなり,ついでお母様も入院し,避難生活の中で両親を亡くした。避難所にいなかったため,さまざまな手続きについての情報が得られず,義援金はもらえず,仮設住宅にも入居できず,高い家賃の借家に。5年ほど前にもお話し伺いをさせていただいており,そのときの東條代表をおよく覚えている。その後この復興住宅の情況も変わってきて,最近では隣近所の人とはあいさつをする程度で,それ以上は接しないようにしている。
・50代女性,中央区で全壊。震災時小5だった娘さんも今25歳。避難所になった小学校は,翌年度まで統廃合されず,友達とも卒業まで一緒に過ごせた。ポートアイランドの仮設住宅からもとの自宅近くの中学に通ったが,この復興住宅入居後は近くの中学校に。仮設住宅でのボランティアと最近まで交流があり,私たちの訪問にも「ボランティア,懐かしい」と喜んでくれた。

2009/09/04 ↑TOP


第488(新生第46)回訪問活動

新生週末ボランティア第46回目となった7月25日の訪問活動は,大阪の夏の風物詩・天神祭の本宮と同じ日に行われ,ちょうど訪問活動中が陸渡御の時間に当たるものでした。天神祭とは関係ありませんが,この日は都合の悪い常連参加者が多かったため,神戸・週末ボランティアのレギュラーの訪問活動としては最少人数であろう3名の参加のもとで行いました。

参加者は東條代表と私にもう一人の初参加の方でしたが,この方はある放送局が電波媒体とは別に制作する,web版の特集記事で阪神淡路大震災や被災者を採り上げるべく参加したというフリーライターでした。今回は,ウェブ上とのことなので期待するとともに,弊サイトにおいても勉強させていただこうと思っています。

晴天ではないものの,蒸し暑く,身体への負担の大きい天候のもとで行われたため,知らず知らずのうちに体力を消耗しやすく,こまめに休憩を取り水分を補給するなどの体調管理をしっかり行った上で,訪問活動に臨む必要があることを痛感しました。次回以降もしばらく猛暑が続くと思われますので,お互い注意したいものです。

そうして,体力と気持ちの余裕を持って訪問活動に臨むことが,住民との信頼関係を構築し,「お話し伺い」のクオリティーを高める上で必要でしょう。

今回のお話し伺いを簡単に紹介しておきます;

・70代女性。夫婦2人暮らし,東灘区で全壊。ご主人は10tトラックの運転手で,70歳で引退するまで50年間無事故無違反で通し,奥さんも60歳で定年になった後ご主人の仕事を手伝うようになり,夫婦でトラックに乗り込んで仕事をしていた。震災も神戸から大阪方面に向かう途中で遭遇,パンクしたような音がして,橋が落ちているのが見えた。直接危ない目に遭わなかったが,車の中で震災のニュースを聞いていっそう怖くなった。2ヶ月間トラックで生活,着替えも洗濯もできなかった。1週間ほどすると仕事が入り,移動先でやっと入浴できた。仮設住宅では隣近所のつきあいがあったが,この復興住宅に来てからはない。ご主人はお元気そうだが,奥さんは6年前に脳梗塞を患い半身不随に。できることは何でもするようにしている。
・70代男性。夫婦2人暮らし,灘区で全壊。公園でテント生活をしていたとき,勤め先からコンテナハウスをもってきたり,トイレをつくったりして喜ばれた。ポートアイランドの仮設住宅を経てこの復興住宅に入る中で,「防災のことは人ごとではない」と,消防署での講習に参加して防災意識を高めたり,行政と渡り合ったりするなど,一生懸命に取り組んできた。少年時代から相撲が得意で屈強な体格だが,仮設住宅在住のとき腰を痛め,手術しても治りそうにないほどであったが,中国医学の治療を受けて快復した。治療費に健康保険が適用されなかったが,義捐金でまかなうことができて助かった。健康管理の大切さを痛感している。
・20代女性。中央区で被災。被災当時,中学入学を控えた小学6年生だったが,いまは3人の女の子の母親になっている。

2009/07/27 ↑TOP


第487(新生第45)回訪問活動 & 2009年週末ボランティア総会

新生週末ボランティア第45回目となった7月11日の訪問活動は,梅雨明け間近の,曇り空がほどよく酷暑を和らげてくれた中で,常連参加のメンバーを中心に行われました。新型インフルエンザにより訪問活動を2度にわたって中止したあとであることに加え,私自身の多忙もあいまって,季節が移り変わっての,やや久々の参加となりました。

以前,駅前での集合場所を示すべく利用されれていた週末ボランティアの旗が,この何年かの間,所在が判らなくなっていましたが,このほど東條代表宅で見つかり,久しぶりに訪問活動に伴われました。

今回は,週末ボランティア総会を訪問活動のあとに行うべく,訪問予定戸数をいつもより少なくし,終了ミーティングもそこそこにという強行スケジュールでの復興住宅訪問活動となりました。その中でもいくつかの有意義で充実したお話し伺いができたといえるでしょう。

続いて行われた総会は,短時間でのスケジュールを強行されたものであるだけに,議論が充分尽くされなかったり,なされるべき決定がなされず積み残し課題となった点があることは,結果として不可避であったものの,神戸・週末ボランティア がこのかん取り組んできた再生の取り組みの地平にふまえ,それを守り育ててゆく上で,一定の成果を勝ち取ってきたといえるでしょう。これについては新世紀の「週末ボランティア」行事・イベント篇・2の「2009年週末ボランティア総会」において詳しく報告したいと思います。

今回のお話し伺いのうち,私が伺ったものを簡単に紹介しておきます;

・60代女性,2人暮らし。灘区で被災。母が避難所になじめず,自宅前の空家に入居。この復興住宅には竣工当初から。兄が7年前に亡くなってから母は認知症になり現在入院中。寂しがらないように犬を飼っている。
・70代女性,2人暮らし。中央区で一部損壊。修繕中は近くの小学校に半年避難したが,その市営住宅の解体により,5年前この復興住宅へ。訪問時は出かける準備をしていた。西区に住んでいる息子さんがむかえに来て,お嫁さんがつくった料理を戴くとのこと。圧迫骨折のため腰や足を痛めて入院し,i一時は車いす生活になったが,今では歩行器を使用して歩けるほどに。ご主人も5〜6回入院した。震災のことは忘れた。十何年も経ったら思い出になることもあるが,逃げたことなどイヤなことは忘れた。
・30代男性。中央区で一部損壊。一般入居の抽選を受付るようになって間もなくである2年前に,この復興住宅に。被災当時は高校3年生で,通っていた学校は休校になり,進路のことで走り回って大変だった。

間もなく開設1周年を迎える新サイト This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐ に活動報告と記録が出ています。ご覧ください。

このほか正常化への強行スケジュール (HARA Hideki's Blog) にも掲載しています。あわせてご覧ください。

2009/07/17 ↑TOP


2009年週末ボランティア総会に向けて

明日7月11日の2009年週末ボランティア総会に向けての資料ができました。下記提案(私案) とあわせて御高覧くだされば幸いです。

・希望の灯り分灯始まる 阪神大震災14年「毎日新聞」神戸版 2009/01/10 p.2
・被災者との集い開催 復興住宅の問題話し合う「神戸新聞」2009/01/11 p.2
・希望の灯り「分灯」囲み黙とう 「毎日新聞」神戸版 2009/01/11 p.3
・復興住宅訪問のボランティア募集 14日実施 「毎日新聞」神戸版 2009/03/12 p.3
・復興住宅訪問のボランティア募集 あす 「毎日新聞」神戸版 2009/03/27 p.4
・被災高齢者を訪問する団体 週末ボランティア 「産経新聞」関西版 2009/01/16 p.4
・2007〜2009年 参加・記録情況 p.5
・初参加者の感想 p.7
・2009年 訪問活動概略 p.8
・2009年週末ボランティア総会提案(私案) p.15

2009/07/10 ↑TOP


2009年週末ボランティア総会提案

2009年週末ボランティア総会提案(私案) 2008年7月10日

総括

 神戸・週末ボランティアの2008年から2009年にかけての復興住宅訪問活動は、積年の弊を根本的に取り除き、解体的再生を図り、新生週末ボランティアとして再出発した2007年から2008年にかけて、活動の資質向上と、住民・市民との信頼関係[再]構築において、劇的な成果を収めた地平にふまえ、それを維持してきたといえる。
 その一方で課題も浮かび上がってきた。資質向上が鈍化し、現状維持的レヴェルとなっていることは否めない。住民・被災者や市民のあいだで、復興住宅訪問活動が、単なる安否確認レヴェルの内実と思われるなど、「お話し伺い」の意義の理解浸透不足が見られる。
 また、役立ちの気持ちにあふれた誠実な新規参加者をむかえたことで、活動の資質向上とともにヴォランティア団体にふさわしい良好な雰囲気ができあがったことは、何よりの成果といえるが、さらなる新規参加者の開拓も新たな課題だ。向上した資質と良好な雰囲気にふさわしい情報発信が求められる。

方針

活動の目的・趣旨の確認−役立ち学ぶ、尊厳を見いだす<確認>
・週末ボランティアの活動は、お話伺いを起点として、コミュニティーの創造・構築や住民の主体性発揮のサポート、行政監視、政策提言などに及ぶものである。
・週末ボランティアの活動の目的は、被災地の復興と被災者の生活再建に貢献・寄与することであり、そのために情況に自らを投入することによって、被災者の中に尊厳を見いだす姿勢が求められる。
・週末ボランティアの活動に当たってもっとも必要とされる基本的姿勢は、言語コミュニケーションを通じて学びの機会とすることである。
・週末ボランティアとしての活動の目的・趣旨を確認し、その達成と増進に寄与するにふさわしい姿勢で参加することを求める。あわせて、参加者が活動を通じて得られる学びと充実を増進できる環境を整備する。
・具体的には、訪問予定の住民宅に投函される「予告チラシ」に記されているような言動と姿勢(不偏不党の原則、独立した主体的立場)を堅持することが、個々の参加者とグループとしての週末ボランティアのいずれにも必要不可欠であることを確認する。

お世話役・役割分担
 学び役立つグループとしてふさわしく、参加者の資質向上と便宜に期するためためにおくものであって、「指導部」や「体制」ではない。参加者は「お話し伺い」を通じて現実の情況から学び、それを共有・深化させるのが、グループのあり方である。訪問先住民・被災者の前では、一人一人がグループの「顔」であり、みんなが「代表代行兼監査役」だ。
・代表・会計のみ常置(再任)。「副代表」その他の役職等は不要、設置しない。
・必要なときは代表が代行を指名(委任)できるものとする。
・その他の役割分担は負担偏重がなきように配慮する。

取材等の受入<確認>
 メディア等の取材に際しては、媒体の種類、取材趣旨が、週末ボランティアの活動の趣旨にふさわしいかを精査したうえで、受入の可否を判断する。参加者・住民その他関係者のプライバシーはもとより、グループとしての信用、住民・被災者の尊厳を守り尊重する上で、慎重な取り扱いを要する。参加者・記者・住民三者それぞれに有意義なものであることが望ましい。
媒体の種類による適否の例;
○新聞
△ラジオ、市民記者(WEB版ニュース)、雑誌など
×テレビ、宗教団体機関誌・紙、党派機関誌・紙、マンガなど。
ジャンルによる適否の例;
○報道、ドキュメンタリー、その他社会問題として扱う上でふさわしいもの
△ノンフィクションなど
×娯楽、バラエティーなど

500回記念行事
 神戸・週末ボランティアの訪問活動が通算500回目をむかえるのは、来2010年1月23日かそれ以降となる。昨2008年の総会において、500回記念はみなで楽しめるような行事をとの提案がなされたが、時期的に恒例の「1.17」に先立つ行事と重なることになる。
 そこで、震災から15年となる来期については、イヴェントを企画し、神戸・週末ボランティアにこれまで関わってきた、被災者・市民・新旧の参加者らが交流する機会を設ける。
 あわせて500回記念誌を制作し、新旧の参加者をはじめ、神戸・週末ボランティアに関わりある方から手記等を募り、訪問活動の記録などの資料とあわせ、神戸・週末ボランティアのこれまでの足跡をたどれるようにする。

2009/07/10 ↑TOP


いまこそ活動の資質向上と被災者・市民からの信頼関係の[再]構築を第一に!

週末ボランティア掲示板に,東條健司代表により「今週の訪問は中止いたします」と題した,以下のような記事が出ている。

こんにちは。 6月13日の週ボラは、念のためもう1回お休みに致します。
次回は6月27日(土)から新規まき直しで始めます。
次次回は7月11日(土)で、487回目、終了後に6時から総会をやりたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

前回5月23日,新型インフルエンザの影響を鑑みて中止しているので,これで2回連続の中止となった。これについても楽観的観測であればこの頃には影響も下火になっているのではないかとも言えなくなかったが,結果として予想以上に影響が長引いたため,この回の中止は妥当な選択であったといえる。

昨日(6月5日)朝から今日の夕方近くまで,神戸市内各所(東灘区〜垂水区)に滞在したが,マスクをつけて道行く人の姿もなく,神戸市長・兵庫県知事による「安全宣言」が出されている中にあっては,これ以上さらに,新型インフルエンザを理由とした訪問活動中止は必要ないのではと思われる情況だ。

しかしながら,行政トップによる「安全宣言」が,医学的,衛生上の確たる根拠をもってなされたでない以上,「念のためもう1回お休みに」することも,妥当な選択といえよう。積極的支持するつもりもなければ,かといってあえて単たいするほどでもないというレヴェルであるが。

もっとも,神戸・週末ボランティア復興住宅訪問活動において,「新型インフルエンザの影響」やその評価の妥当性だけをもって,あるいはそれを主たる理由として,その続行・休止を判断することには,慎重であるべきだ。

たとえば,いたずらな休止が,かえってインフルエンザにたいする風評被害を煽ることも考えられる。また,感染者蔓延の中での強行が,被災者・市民からの不信を惹起することもある。

かかる点から,同日に支障が予想されるなら,それをもって活動休止とするのは,妥当な判断として,支持できるものだ。

ともあれ,続行・休止を判断するにあたっては,,このかんそのために不断の努力を続けてきたところの,活動の資質向上と被災者・市民からの信頼関係の[再]構築を基準とすべきだ。神戸・週末ボランティアにおける他の活動おいてもそれは同様だ。

あわせて出されている,7月11日の訪問活動後の総会については,かかる観点から,厳しい姿勢で臨まねばならない。

2009年は前半期だけで通常よりも3回訪問活動が少なくなることになる。また同日の訪問活動を大幅に縮小するか,とりまとめをおろそかにしなければならなくなるという点で,本来望まれるべき活動のクオリティ維持に支障がきたされる危険が高い。

そして何よりも,1年に1度,活動をふり返り,総括し,向こう1年の展望を開くべき総会を,わずかな時期で済ませようとしていることは,非常に大きな問題だ。必要な議論はもちろん,それ以前の情報共有すらおろそかにさる。この間の活動が,よほど無内容かつ無意味なもので,そのことを現状追認的に確認するだけのものであれば,こうした短時間で済ませられるような総会でも充分すぎるほどだ。そしてまた,何がしらの意図をもった者が恣にするがごとき運営が強行される危険もあることも指摘しておかねばならない。

もっとも訪問活動と総会が,1日の通常の訪問活動の時間内で行われるとなれば,体力・費用といった,活動参加にかかるコスト面では助かるので,私個人としては非常にありがたい。しかしながらかかる観点からこれに賛成することは,まさしくあってはならないことと,自戒している。

活動の資質向上と被災者・市民からの信頼関係の[再]構築をまず第一に考え,そのために最善の方途を,参加者各自が,また,グループとしての神戸・週末ボランティアが,それぞれ模索し,選択することが,何より重要だ。

2009/06/06 ↑TOP


第482(新生第40)回訪問活動

新生週末ボランティア第40回目となった3月28日の訪問活動は,桜が開花しつつある,穏やかな天候の中で行われました。訪問現地での途中からの参加となりましたが,既に訪問活動に入っていた参加者のグループに加わる形で,お部屋に上げていただいての充実したお話し伺いのいくつかに立ち会うことができました。

その中のひとつを簡単に紹介しておきましょう。

・60代男性,一人暮らし。長田区で全壊。住んでいた文化住宅に約2週間生き埋めになっていたため,足の感覚がなくなり下半身不随に。救出後4ヶ月間入院しているうちに自宅が解体され,何も取り出せなかった。その後4年あまりあちこちの病院に入院したのち,この復興住宅の車いす対応の部屋へ。部屋ではベッドの上で過ごす。時折足を動かし,関節が固まらないようにする。食事は1日1回で全部済ませる。最近トイレの時間が長くなってきたのが心配。車いすのままでもできるよう台所の流し台まわりを改造してもらった。画質にこだわって大型プラズマテレビを3台買い換えた。ベッドの上からこれを操作できるよう,マジックハンドのような道具を自作した。執拗な新聞の勧誘や訪問販売などへの対策として,玄関とスロープで外に出られるベランダの両方にCCD付のインターホンを自分自身で取り付けた。画像は録画して大型ディスプレイでも見られるようになっている。上半身の自由を最大限以上引き出す工夫と自立への強い意欲に感心させられた,2時間近くにわたる,お部屋に上げていただいてのお話し伺いとなった。

2009/04/02 ↑TOP


第481(新生第39)回訪問活動

新生週末ボランティア第39回目となった3月14日の訪問活動は,常連となった参加者に初参加者の女性を含めて,桜の開花予想日の早まるかと思われるような,暖かな好天の中で行われました。今回は,これまでの度重なる長時間移動の疲れが蓄積したことによるものか,若干体調が思わしくない中での訪問となったのが残念です。

HAT神戸・脇の浜住宅の中でも北側の棟で,廊下からは眼下に引き込み線跡が見え,その先には国道2号線と高架になった阪神高速5号神戸線が東西に走り,その先には,少なからざる住民の方が震災前に住んでいた地域が,六甲山系の麓にのびていくのが見えます。

そうした景色を背にして,訪問先のお宅のインターホンを鳴らし「こんにちは。週末ボランティアです。」と呼びかけて出てこられるのを待ちます。その間,高層階になればなるほど中の物音が,国道と高速を走る車の音で聞き取りにくくなる中,注意しながら,耳をそばだてて待ちます。

そうしてようやっと訪問先住民の方が出てくられるとお話し伺いになります。もっとも風が強く,訪問時刻が遅くなって陽が傾いてくると寒くなってきて,お身体をおもんばかってお話し伺いを切り上げることもありました。そうしたひとつを簡単に紹介しておきます。

・50代女性,一人暮らし。中央区で全壊。近くの会社に避難し,1フロアにいた高齢者が多い100人ほどを世話する責任者になった。すべての避難者の行き先が決まってから,最後に出て,りんくうタウン(大阪府泉佐野市,関西国際空港近く)の仮設住宅へ。この復興住宅は竣工が遅かったため,ポートアイランドの仮設住宅で1年間待ってから入居。4人の子どももここから独立していった。腎臓を患っているが,薬と食事療法で,透析にいたらないようにしている。また毎朝,歩いていくのはしんどいので,自転車で教会に行く。これを日課にして,規則正しい生活と運動を心がけていると,顔色も良く,明るく前向きに話された。

2009/03/23 ↑TOP


第479(新生第37)回訪問活動

新生週末ボランティア第35回目となった2月14日の訪問活動は常連となった少数精鋭の参加者によって行われました。2月としては暖かな好天の1日とあって,留守宅も少なくなく,訪問をお断りになる方もありましたが,いずれも私たちへの不信感や住民の方の体調不良によるものではなく,一安心でした。またご自身で「支援シート」を記入してくださったお宅もありました。もちろん長時間にわたってのお話し伺いも実現し,今回もまた有意義な訪問活動になりました。終了ミーティングで報告されたところから,簡単に紹介しておきます。

・60代男性,灘区で全壊。2階建ての1階が押しつぶされ,子どもは逃げられたが,取り残された奥さんは助け出してもらった。小学校に避難したが変な人がいて怖かった。
・70代男性。2階から飛び降り手足を痛めた。3軒先まで火が来た。震災後しばらくは解体の仕事で収入は多かった。この復興住宅は仮設住宅の時より寂しい。
・70代女性,一人暮し,長田区で全焼。2階建ての2階にいたが1階の人は亡くなった。避難所は水がなくて困った。ポートアイランドの仮設住宅に入って間もなくご主人がガンに。何もない仮設住宅で葬式をあげた。脳梗塞を長く患っており,風呂に入るときには,高いと倒れるので,血圧を測っている。
・70代女性,一人暮し,長田区で全壊。西区の大規模な仮設住宅を経てこの復興住宅へ。古いしがらみがある長田では煩わしいので,ここは幸せ。カラオケが好きで,訪問したボランティアと一緒に歌った。

また,神戸・週末ボランティア アーカイブズに,昨年の訪問活動の記録をまとめた「訪問活動概略;2008年」を加えました。

2009/02/27 ↑TOP


第478(新生第36)回訪問活動

2009年最初の訪問活動は,1月の第2土曜日を「震災被災者とボランティアの集い」にあてたため,第4土曜日の1月24日となりました。新生週末ボランティア第35回目となったこの日の訪問活動は,暖かな好天の中で行われました。先日の集会に来た,復興住宅で他のヴォランティア活動を行っている学生が,訪問活動にはじめて加わってくれたほか,人生の大先輩の初参加を得ました。

こういった方々の前では,従来訪問前レクチャーで行っているような「今週の資料」の棒読みのごときは不要であるばかりか,かえってかかるレヴェルに落とし込めるようで失礼に当たるのではと思われるほどでした。そこで「復興住宅訪問活動について」などを読んでいただいたのち,HAT神戸・脇の浜復興住宅現地へ出発しました。

参加者の顔ぶれを見て,和やかな雰囲気のうちに充実した訪問活動ができるだろうと思われたので,私はしばし他用のため離れ,訪問活動の終わり近くに再合流しました。

前回(2008/12/27)の訪問活動でお話し伺いをさせていただいた方が,敗戦後神戸に上陸した際に乗ってきた船の名前を鮮明に記憶されていたので,調べてみたところ,その船の写真を見つけたので,プリントアウトしたものを持参し,東條代表,初参加の女子学生,このところよく参加されている方たちとともに再訪問し,差し上げてきました。思わぬ形での再訪問に驚かれた様子ながら喜んでいただけて幸いでした。

訪問活動終了後は,いつもお世話になっている倉谷さん宅から,いつものようにバスではなく,徒歩で三宮の勤労会館に戻りました。途中,今から100年前賀川豊彦が社会運動に身を投じた地を通りながら,しばし賀川について語り合いました。

終了ミーティングでは,留守宅が多かった中でもいくつかの充実したお話し伺いが実現し,その成果をともにすることができました。その場で集約したものを紹介しておきましょう。

・80代女性,一人暮らし,中央区で全壊。ストレスから食欲が落ちたとのことで,フラフラしながら出てこられたが「一人で寂しい」と,玄関前で寒いなかお話し伺い。
・70代女性,灘区で全壊,避難所ではわずかなパンとコーヒーだけ。5回の抽選で入った仮設住宅は北区の不便なところでネズミに悩まさた。その取り壊しで,この復興住宅をあてがわれた。ここはバスが少なく不便。
・60代女性,一人暮らし,垂水区で被災。震災の前年に市営住宅の建て替えのため長田区から引っ越したばかりで,引っ越してこなかったらやばかったかも。住んでいる棟には今自治会がなく,近隣とのつながりがない。部屋に閉じこもっていて変になって救急車を呼んだことも。

※今回配布された「今週の資料」に収録されている前回までのお話し伺いのまとめのうち,問題あるものを指摘し,不適切なものについては公表しない旨確認しました。あわせて「訪問活動のまとめから 〜2009年の初めにあたって」において指摘したものについても,不適切であることを再確認しました。

新世紀の「週末ボランティア」訪問活動篇・3で昨2008年夏以来のHAT神戸・脇の浜住宅の訪問活動の報告を掲載しており,今後も随時追加・更新してゆく予定です。

また,去る1月10日に行った「震災被災者とボランティアの集い」の報告を「新世紀の「週末ボランティア」行事・イベント篇・2」に掲載していますので,こちらもあわせてご覧ください。

2009/01/27↑TOP


第477(新生第35)回訪問活動

新生週末ボランティア第35回目となった12月27日の訪問活動は,雪も降った前日とはうって変わって,好天の中で行われました。日にちの関係で,クリスマスもルミナリエも終わった後での,年末も押し迫った,2008年の締めくくりらしいものとなりました。

年末にもかかわらず,初めての参加者や久しぶりの参加者の姿も見えたことはありがたいことです。また,正月をひかえた時期ながら,予想以上の在宅率の中,上がり込んでの長時間にわたるものを含め,質・量ともに充実したお話し伺いを実現できました。

訪問活動で復興住宅に入ると,訪問先の方だけでなく,出会った方にあいさつや声かけをしていることは,すでに述べましたが,師走としては暖かなこの日,そうした形で多くの出会いがありました。その時の反応や感触から,私たちの活動の浸透ぶりがうかがえます。これもまた活動の自己点検とフィードバックのプロセスであり,さらなる資質向上につながってゆくものでもあるといえるでしょう。

この日の訪問活動のうち,私が伺ったものを簡単に報告しておきます。

・80代男性、一人暮し、早朝から勤務していた中央区のパン工場で被災。東灘区の自宅は難を免れたが、一緒に暮らしてきた奥さんが、10年の人工透析の末、亡くなったあと、家主から退去を求められたため、この復興住宅に入居して2年。4年前の脳出血のため右半身に後遺症があり、週2回ヘルパーに来てもらっているが、奥さんを看病している間、家事全般をしてきたことから、今も自分でこなしている。血圧降下剤などの薬をたくさん出されているが、のどがかわいたり痰がからんだりしてしんどいので、1日3回のところ1回しか飲まない。家庭に自分の居場所がなく16歳で軍に志願、終戦後軍属として乗り組んでいた船で神戸に上陸、乗組員仲間と持ち出した物資をもとに一儲けしようとしたが失敗した。大変きれいに片付いて掃除が行きとどいたお部屋にあげていただいて50分近くにわたるお話し伺いとなった。

2009/01/07 ↑TOP


訪問活動のまとめから 〜2009年の初めにあたって

このところ,毎回の訪問活動の充実ぶりが目を見張るものであることは,今更繰り返すまでもないことですが,それによって「お話し伺い」の内容集約のあり方にも工夫と注意がよりいっそう求められるといえるでしょう。

いくら「予告チラシ」を投函して訪問をあらかじめ知らせてあるものの,訪問させていただく住民の方は,「お話し伺い」の内容いっさいについて心の準備をしているわけではなく,まして人前で話す方法についてのスキルを持っていたり,トレーニングを積んだりしているわけではありません。したがって,話されるままにうかがった上で(もちろん適切な反応をすることが重要ですが)改めて集約するというプロセスが必要になります。

具体的な内容を極力その場で正確に理解し受け止めることが必要なことはもちろんですが,まとめ方の工夫によって,それをよりよくさらに伝えることができます。聞き取ったそのままをただたどるのではなく,被災状況,健康状態,現在の生活状況などといったように,内容の種類によって分類したり,被災当時→避難所→仮設住宅→復興住宅とか,幼少期→少年時代…といったように時間順に再配列したりするのが効果的です。

週末ボランティアの「お話し伺い」の中で注意しなければならないことに,プライバシーがあります。詳細を期すあまり,個人が特定されたり、個人の尊厳がないがしろにされたり,その他不特定多数に公表するにあたってふさわしくないことがら,あるいは他の情報やデータと組み合わせることによって,かかる情況になることがらについては,慎重にならねばなりません。

また一般的なものに戻りますが,通常の社会通念,とりわけかかる社会実践のあり方にてらして,不適切な表現・用語についても,厳しい態度で臨まねばなりません。特定の層や集団,組織などにしか通じないものや,通常の社会通念とは異なった意味・用法と異なるものがまさにそれです。

12月27日の訪問活動に先立って参加者に配布された「今週の資料」に掲載された,13日の「お話し伺い」のまとめひとつに,以下のような箇所がありました。

「今は生保。以前は年末、貯金が少したまったが今はほとんど残らない。(神戸市では04年度から市単独の見舞金がなくなった。夏****円、冬****円の合計*****円。その外生保では正規の年末一時扶助1万円?ほどがある。その外老齢加算が全廃になり1万数千円が削減された。高齢者の場合そうとうな生活扶助費の削減である)」

具体的な数字は引用者が省略しましたが,これもプライバシーに関わるからです。一般的な他の情報からも概略をうかがい知ることはできますが,それ以上に踏み込むべきとはいえません。

ここで繰り返し「生保」なる語が出てきます。これは一般的には生命保険のことを指しますが,ここではそうではありません。生活保護のことを指していると考えられます。こういった使い方をするのは,管見の限り,特定の政治集団に特有のものといえます。それがどのような集団であるかについては,以前指摘したことがありますのでここで繰り返しませんが,まさにこれはセクト用語とでもいうほかない代物です。なにがしらの政治的意図を持ってなされたものであるという点でも看過できません。

2009年の神戸・週末ボランティアの活動は,既報の通り,1月10日の集会から始まりますが,1月10日は1835年に福澤諭吉が誕生した日です。福澤の人材育成や啓蒙は「独立自尊」を目指したものであり,その政治姿勢は一貫して「不偏不党」であったといえるでしょう。これは,被災者の中に尊厳を見いだすことが求められ,訪問に先立って「宗教や政党など全く関係の無い民間の」とうたっている私達神戸・週末ボランティアに通じるものです。

新たな年の活動に際して,しっかり想起しておきたいものです。

このようにしてみるだけでもかなり解りやすくなるでしょう。ご参考まで。

・70代女性、1人暮し、中央区で被災。自宅は住めた。この復興住宅へは入居2〜3年。生まれは北九州の小倉、35年ほど前に神戸に来た。震災後、ご主人と協議離婚。今は生活保護で暮らす。以前は年末、貯金が少しできたが今はほとんど残らない。うつ病の薬を飲んでおり、記憶がはっきりしない、物忘れがひどくなった。ヘルパーさんに薬を1回ごとに分けて小さなビニール袋に入れてもらっている。書類もケースに入れて保管している。今日が何日か分からなくなるので、カレンダーに毎日斜線を引いて消している。腰が悪く、足が不自由で障害1級、整形外科に通院し、灘区のデイケアサービスにも行っている。この復興住宅にもデイケアがあるが器具がなく、リハビリができない。毎日、ヘルパーに来てもらっているが、これまで1日2時間だったのが1時間半に減り、買い物だけで、料理する時間がないので、いつも出来合いのものばかりだ。栄養も偏る。一人で不安だ。誰とも話していない。12階に一人話ができる人がいるだけだ。今日は話ができてうれしい、と言って若い女性ボランティアの顔を触ったり、拝んだりした。(週末ボランティアのチラシを再度渡し、東條代表の電話番号を赤いボールペンで囲った)帰るとき、ドアの外まで見送られ、何べんも握手をし、別れを惜しんた。1時間ほどの上がりこみ。

2009/01/07 ↑TOP


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