神戸・週末ボランティア再生プロジェクト
2008

2008年のたたかい〜再生プロジェクトへ

神戸・週末ボランティアの否定的現状を憂い,東條健司代表の不退転の決意を受けて始めた「「週末ボランティア」正常化闘争」は,2008年において,新たな情況の変化に対応しつつ,「「神戸・週末ボランティア」再生プロジェクト」として継続し,さらなる展開を遂げた。

基本中の基本

神戸・週末ボランティアの「正常化」とか「再生」という場合,何をもってそういうかが問題である。それは,活動に参加し担う側の立場・視点で,活動内容の充実や資質向上をもってメルクマールとするものであるとともに,復興住宅訪問活動を通じて「お話し伺い」をさせていただく被災者・市民からみて,心を開き,信頼関係を構築しうるものとなることが求められる。そのあり方を端的に示すならば,訪問予定のお宅に投函する予告チラシにおいてうたっているように「宗教や政党など全く関係の無い民間のボランティア団体」として活動・行動することである。当たり前のことを当たり前にする,基本中の基本といっていいものであり,その現実化こそが,正常化−清浄化さらには再生プロジェクトにとっての当面する最大の課題であるといわねばならない。

訪問活動450回記念 追悼と討論の集い

この間の正常化−清浄化への取り組みの真価が問われる,2008年が明けて最初の活動は1月5日の集会であった。こうした集会は恒例行事となっているものであるが,それまでと大きく違っている点は,平素の訪問活動における「お話し伺い」の成果に立脚したテーマ設定と論議を行ってきたことであり,そのことが何よりもの意義であったといえる。本集会と後述の総会の詳細については新世紀の「週末ボランティア」行事・イベント篇・2を参照されたい。

このプログラムを完全に消化したわけではないが,平素の訪問活動の資質を反映させるという点では,ひとまず成功裡に終えることができたといえよう。訪問活動−「お話し伺い」の質が向上したことは,これまで充分に信頼関係を構築できなかったり,十年以上の歳月を経てようやっと心を開くにいたった被災者・市民などからの,これまでにはできなかったお話し伺いが実現するという必然の帰結をもたらし,それに伴って私達の認識も新たなものとなっていったことを意味する。

とりわけ「セイフティーネットから漏れ,「自助努力」を強いられながらも,そのための環境・手段も失われ,奪われたまま,今日に至った」,「ある意味で,もっとも矛盾や歪みの中に身を置いてきた年代の被災者」に改めて眼を向け,その情況をわがものととらえることの重要性を深く認識し,あわせてそれにふさわしい言動を求められることを,新たな課題として自覚することとなった。

政治的・党派的利用,行政当局の手先化策動を粉砕

新たな課題にたいする試練は程なく訪れた。

翼賛運動への転落を“宣伝”!?

阪神・淡路大震災の被災者運動や阪神間の社会運動とともに,神戸・週末ボランティアにも介入してきた活動家某が,週末ボランティアの“宣伝”のためと称して,1月17日にあわせて神戸市当局にたいして「生活保護の運用に関する要望書」を提出するにあたって賛同団体を募っているので,これに加わるよう要求してきた。

これは「生活保護改革を考えるひょうごネットワーク」なる“民間”団体名で出されたものだが,実際は「要望」を受ける側の神戸市当局者・職員自身が作成したもので,その “民間”団体も,件の当局者・職員が参画する「神戸公務員ボランティア」なる団体の従属下にあるものだった(準備 2008/01/11,公務員とヴォランティア・続 2008/06/01 参照)。また,早くに賛同団体に名を連ねていたのは某が介入している団体ばかりであったことから,某の活動家としての介入ぶりを自己宣伝することもその目的のひとつであったといえよう。だが何にも増してこの一件は,市当局者自身がヴォランティアを名乗って市民の中に分け入り,その従属下に位置づけた民間団体を装った「ネットワーク」を通して,市民の自主的・自発的活動を,市当局の利害のもとに糾合し,翼賛運動へと変質させていこうという,市民にとって危険きわまりない代物なのだ。

かかるものに神戸・週末ボランティアが名を連ねればどのような“宣伝”になったか,賢明な読者の皆さんはお解りであろう。

ここがおかしい!「生活保護の運用に関する要望書」

これが持ち込まれようとした当初は,かかる面からの問題には敢えて触れず,「弱者イジメの現状固定化策動を許さない!〜ここがおかしい!「生活保護の運用に関する要望書」」において,その内容上の問題をいくつかかいつまんで反論した。

まずこの「要望書」では,行政当局者が作成した文書らしく,運用面に関することを事細かに,しかも文書の冒頭から半ばまでをしめ,その後に続く部分での問題点から目をそらせることを意図したものであることが,一見して解る代物であったので,かかる土俵に乗せられることを拒否することを宣言する意味で,敢えてその部分にはふみこまず,その一方で問題の性格ごとに代表的な例を選び「機ヌ簑蠅△訐度の濫用を導く危険:リバースモーゲージ」,「供ダ験菠欷郤給対象にとどめおくことが問題:中国残留孤児」,「掘ダ度適用漏れと黙殺:「ワーキングプア」」といった構成のもとで反論した。

弱者イジメの現状固定化策動を許さない!」だけならさまざまな形で反論のし方があろう。だがそうした中で,実現させたばかりの1月5日の集会の趣旨およびその実現の過程における学習成果の反映という点からは「制度適用漏れと黙殺」について,断固とした姿勢で臨むことが,最重要課題であるといわねばならない。

こうした反論はまた,神戸・週末ボランティアが参加者に求める基本的姿勢である「学び」と「役立ち」をさらなるものとする機会でもあった。問題意識を持ち,「もし自分が被災者であったらどうなのか」と,その立場に自らを投入して,問題をたてて論理構築することが必要だ。そこから,自らを相対化する視点が生まれ,「学び」が深められ,広められるとともに,活きた,現実的・実際的なものとなる。そこから実践化された「役立ち」は,決して一方的な犠牲や献身だけではなく,もし自分がかかる情況になったときに自らを助けるものともなるのだ。「情けは人のためならず」と同様だ。

神戸・週末ボランティアに集う参加者は,学び役立つべくやってきているはずだ。残念ながらその一方で利用するためにやってきている者がいることも否定できない。この両者,学び役立とうとする方と利用しようとする者の違いは明らかだ。まさに相反するものといっていい。まさしく学びと役立ちの場たらしめることは,正常化−清浄化の最重要課題である。

この「要望書」の一件は,結果として,一人のメンバーの支持も得ることもできず,ついには当時まだ病気療養中であった(判断能力はすでに完全回復していた)東條健司代表に一蹴されたのであったが,かかる結果以上に大切なのは,原則的態度の堅持を貫徹するというプロセスをもってしたことの意義であるといえよう。

そもそも宗教や政治党派との無関係をうたっているのは,特定の勢力に活動内容が規定されたりすることなく,活動の自主性・主体性を堅持するためであり,被災者・市民との幅広い信頼関係構築もそこから生まれてくるものだ。

介入者の実態と正体

この「要望書」の一件は,行政当局の御用活動化・翼賛運動化を策したものであり,かかるものへの不断の警戒が,今後もヨリいっそう求められるものであるが,その直接の担い手についても触れておかねばならないだろう。この「要望書」を神戸・週末ボランティアに持ち込んだ人物某とは,いかなる者であろうか?

この人物は,「日本共産党(左派)」に属する者で,この派はもともと同党山口県委員会が党中央から集団で離脱してつくられたものであるが,党中央は同派を内部分派とは認めず,中国共産党の日本における手先である盲従分子による別の党派とみなし,同派のメンバーも党から除名している。この分派形成は,当時中国で進められていた文化大革命にたいし,宮本顕治ら日本共産党中央委員会(党中央,いわゆる「代々木」)が批判的であったことから,文革を支持する部分が独立することによってなされたものであり,文革支持/不支持という対立軸をもって同派自らが「左派」と規定してきたにすぎないものだ。したがって両者の機関紙類(「左派」の「人民の星」,「代々木」の「赤旗」)を見くらべても,どちらが「左」であるかを断じることが難しいところがあるほどだ。文革や当時の中国共産党・毛沢東を支持したり,模倣したりした政治勢力としては,一時期同派が支持したとされるアルバニア労働党のほか,カンボジアのポル=ポト派(クメール・ルージュ),ネパール共産党毛沢東主義派などが知られているが,こういった勢力とは,現象的に共通するところが若干あるにせよ,交流関係はないようだ。また現在では文革を支持したり毛沢東主義者であったりした同派外部の左翼知識人・文化人との交流・支持関係を見いだすことも難しい。

かくして国内外で孤立しながら活動を続けていた同派は,文革が終焉し,その後中共が文革を誤りとして総括して「改革・開放」路線に転じ,さらには「宮本修正主義」と呼んで批判・対立してきた日共中央と和解,交流回復に至るや,完全にイデオロギー的レーゾン・デートルを喪失していった。そうした中で1995年1月17日に阪神・淡路大震災が発生し,被災者に公的支援を求める運動が広がると,同派はこれを好機ととらえ,機関紙で積極的に採りあげるなどして参加しようとした。運動のさまざまな場面で被災者・市民に丁重に接し謙虚な姿勢で臨む同派機関紙記者の姿が見られたが,創立者・福田正義死去(2001年)の頃から同派の衰退がいっそうすすみ,彼らの姿もいつしか見られなくなっていた。

それからしばらくの時を経た2003年頃,須磨区北部の復興住宅への訪問活動を行っていた神戸・週末ボランティアに立ち現れたのが某であった。某は前述の同派活動家・機関誌記者とは対照的に,尊大・傲慢な態度で,さまざまな問題を利用したり口実を作り出したりして,神戸・週末ボランティアに介入しようとした。とりわけ度し難いことには,また同時に笑うべきことには,自らの政治的・党派的利害のために利用するにあたって,神戸・週末ボランティアの活動をおのれの頽廃的享楽のために利用しようとしていたいわゆる「オタク」の一群と野合し,活動の資質低下と被災者・市民からの信用低下を惹起せしめたのであった。

昨2007年秋から今2008年初めにかけて,東條健司代表が体調不良のため活動を離れたのを,絶好の機会ととらえたであろう某は,神戸・週末ボランティアへの介入・引き回しをすすめ,さらには乗っ取りをも策そうとした。そのための某の所行たるや,活動の正常化−清浄化や資質向上に向けてのさまざまな取り組みにたいして言いがかりをつけて妨害・敵対したり,神戸・週末ボランティアの広報担当者を僭称・詐称してあたかも自らが牛耳っているかのごとく自己宣伝したり,1月5日の追悼と討論の集いに参加した在日韓国人被災者に民族差別的レッテル貼りをして罵倒したりするなどの狼藉をはたらいてきたといった愚劣なものであり,当然にも所期の成果が得られなかったところにダメ押し的に持ち込んだのが前述の「要望書」であった。これによって某は「左派」・「左翼」の仮面を自ら投げ捨て,行政当局の手先に過ぎないことを,最後的に自己暴露したのであった。

かくして,神戸・週末ボランティアにたいする政治的・党派的利用,さらには行政当局の手先化を,断固として粉砕した。

新たな訪問先へ

神戸・週末ボランティアでは,2006年夏以来約2年間にわたり,神戸市灘区の川崎重工業工場跡に建設された復興住宅・HAT神戸・灘の浜住宅で訪問活動を続け,2008年6月で一応の区切りをつけた。この訪問活動は,まさしく正常化−清浄化の闘いの中で,解体的再生を図り,活動の資質向上と住民・被災者との信頼回復に不断の努力を重ねる中で行われた。

ここでの訪問活動を終えるのを間近に控えた頃から,次の訪問先の選定が論議された。この間勝ち取った資質向上をもってさらなる厳しい情況や深刻なサポートニーズが予想される,新たな訪問先にチャレンジしようという意見が出された。そうしたところ,これを支持・賛成するのは高齢の参加者が中心で,一方若年の参加者が,以前訪問したことのある復興住宅への再々訪問を主張するという,珍妙な情景が見られた。

結局は,同じHAT神戸の復興住宅で,中央区の神戸製鋼所の工場跡につくられた脇の浜住宅へ,3度目の訪問活動を行うこととなった。ひとつところに腰を落ち着け,地域に密着し,被災者・住民からの信頼関係を深化させ,一定の期間をあけたことで情況の変化を知ることができるというのが,その理由であった。一方で甘えがでることが心配されるものの,資質低下が目立っていた時期である前回の訪問活動のお詫び行脚の意味もあり,そのときとは大きくちがった,現在の,そしてこれからの神戸・週末ボランティアの再生ぶりを示す機会となるものだ。

2008年週末ボランティア総会

1年に1度開かれる総会は,今年もまた昨年以上に重要なものであるので,2008年週末ボランティア総会提案を準備した上で臨んだ。昨年来の正常化−清浄化の成果を確実なものとし,さらなるものにすることはもちろんのこと,かかるものの防衛もおろそかにできない。

基本的な「活動の目的・趣旨の確認」をすることが何よりも重要であった。総会の場でも利用のための画策を行おうとした者もいたが,さまざまな形で神戸・週末ボランティアの活動を利用しようとするいっさいの存在にたいする,断固たる態度を示したという点で,きわめて大きな意義があったといえよう。

新ウェブサイト構築

従来から神戸・週末ボランティアでは,ウェブサイトを通じた情報発信を行ってきた。グループとしてのウェブサイトは,個人が提供し,何人かのグループでその運営・管理を行っているもので,それ以外にも何人もの参加者が自身のウェブサイトやブログで参加体験や記録を発表してきた。そのため,総体としてかなりの質・量を備えた多面的な情報発信が実現されてきたといえる。だが実際には,物理的諸条件のほか,管理者・提供者らの利害や好悪によって,その内容が左右されていることは否定できない。単純なデータ消失のたぐいならいざ知らず,とりわけ「不都合な真実」の隠蔽・遮断がなされていることについては,心痛に耐えず,もはや看過することはできない。

まずは,久しく損壊・消失が進んでいたデータのうち,仮設住宅〜復興住宅での訪問活動−「お話し伺い」の記録を,ふるい参加者・協力者の協力を得て復元し,さらに消失・損壊しにくく検索などによる活用の便宜も図って「神戸・週末ボランティア アーカイブズ」として整理・公開した(闘いとしての資料保存 2007/11/14 参照)。

そして,これまで個人的に資料収集・情報発信をしてきたひとりとして,個人サイトHARA Hideki's Roomで掲載してきたヴォランティア関係の記事のうち,神戸・週末ボランティアに関するものを移動し,新たなウェブサイト「This is 神戸・週末ボランティア 〜すべての「不都合な真実」に捧ぐhttp://kobe.cool.ne.jp/weekend-volunteer/ として制作することにした。

訪問活動を通じて発掘され寄せられた「真実」と活動の成果の保存を,ここで行うわけだが,現在的課題として,神戸・週末ボランティアの正常化−清浄化,再生の過程と成果の公開と共有を行い,さらなる問題の発掘・発見と,解決への提起を,いかに具体化するかが問われている。

以後随時更新するとともに,仮設住宅訪問を行っていた時期を含めた新旧さまざまの重要な資料を,このサイトに掲出してゆくことにしている。

2008年の総括と2009年への展望

今2008年を代表する言葉をいくつか選んで,神戸・週末ボランティア再生プロジェクトの2008年の総括と,来2009年への展望をしていこう。まずは,「現代用語の基礎知識」選 2008年ユーキャン新語・流行語大賞のトップテンに選ばれたものから。

蟹工船

蟹工船』は,55年前に虐殺されたプロレタリア文学作家・小林多喜二の代表作だが,2008年の流行語のひとつとなった。

1月の「要望書」問題の一件で,本来であれば生活保護やその他のセイフティーネットで救済されるべき者を含んでいる「ワーキングプア」を,無視・抹殺するのみならず,逆にさらなる大衆収奪にさらすものであると反論したことはすでに述べた。東京都内の書店で,突如爆発的に売れ始め,同書で描き出された情況が,現代に通じるとして共感を生み,蟹工ブームと呼ばれるまでになるなど,格差社会のもとでの不安定雇用や貧困,「ワーキングプア」に関する問題についての認識が社会の広範に広がったのは,その翌月以降のことであった。だが2008年末を控え,自動車産業などの製造業を中心とした「派遣切り」が広がるなど,事態は悪化し,問題はいっそう深刻になっている。

後期高齢者

健康保険制度の改悪により,75歳以上の高齢者を「後期高齢者」とし,かれらの自己負担はもちろん,他の世代にも広範な負担増をもたらすこととなった。阪神・淡路大震災の被災者としては,かかる世代は被災当時からすでに高齢者あり,「自助努力」に困難が伴っただけに,他の世代にもましてサポートのニーズが高かったといえよう。とりわけ,長年住み慣れた地を離れ,地域コミュニティーが解体された中にあっての生活再建が困難を極めたことを,今一度想起したいものだ。またこの年代は健康保険以外にも,介護保険の負担が加わり,生活保護の高齢者加算の廃止され,公営住宅の家賃値上げ問題,公営交通機関の無料パス廃止など,相次ぐ負担増を,これまで求められてきた上に,さらにそれに追い打ちかけるように強いられながらも,それに抗する術が,その下の世代(「前期高齢者」など)以上にとりにくくなっていることも忘れてはならない。

アラフォー

アラフォーはaround 40すなわち40歳前後の年代を指すものだ。新語・流行語大賞では年間大賞のひとつに選ばれた。もとタカラジェンヌの天海祐希が主演するTBSの金曜ドラマ「Around40〜注文の多いオンナたち〜」から広がったことばで,バブル時代に社会人となって以来今日もなお消費意欲旺盛な女性をとりわけ指すものだ。

しかしながら,本来の意味通りの,今「アラフォー」な世代は,被災地・被災者に関しては,決して華やかなイメージのみで語られるべきではない。これまでも繰り返し述べてきた,「セイフティーネットから漏れ」,ヨリいっそうの「「自助努力」を強いられ」てきた年代に含まれ,しかもかかる情況を理解されないまま,抱え込むことが多かった年代といってもいいだろう。中には震災時結婚適齢期を迎えつつあっただけに,震災で結婚式を挙げられなくなったカップルなど,ある程度話題に上った例もあるが。そして今なお生活再建を果たせぬまま呻吟し続け,さらには家族もろとも苦闘している,深刻なケースも少なくないことを忘れてはならない。

さらには,震災当時「アラフォー」だった世代について思いをいたすならば,彼らは現在50代半ばを中心とした世代であり,この世代から,現在「高齢者」の仲間入りをしつつある「団塊の世代」にかけて,仮設住宅での「孤独死」がとりわけ多かったことを,改めて想起したい(すでに人数で上回って久しい復興住宅での「孤独死」は,さらに上の年代である高齢者,とりわけ「後期高齢者」と呼ばれる世代に多く,その問題の性格も本質も異なる)。

このように,被災地において今日まで,それぞれの世代の被災者が,それぞれの難儀を抱え苦闘してきたことに今一度思いをいたしていくことの必要性と重要性を,改めて痛感する。

財団法人日本漢字能力検定協会が毎年12月12日の「漢字の日」に発表している「今年の漢字」で,2008年の世相を反映する一文字として選ばれたのは「」だ。

年末を控え多くの失業者を生み出す原因となった株価暴落や円高ドル安といった世界規模での経済変動,食の安全にたいする意識の変化,日本の首相交代やオバマ次期米大統領の「change」(変革),地球温暖化問題の深刻化をもたらした世界的規模の気象異変など,良くも悪くも変化が多い1年で,「来年は良い年に変えていきたい」という期待も込められたものだ。

被災地・被災者をめぐる情況の「変」は,歳月の中で問題をいっそう深刻化させるものであるといわねばならない。そのような中で,私たち神戸・週末ボランティアは,正常化−清浄化をとおして解体的再生の途上にあり,その成果を着々と上げつつある。こうした「変」に,今後もたゆまず邁進してゆくであろう。

そのためにも,神戸・週末ボランティアの活動においては,被災者・市民と深く信頼関係を築き,幅広く「お話し伺い」をしてそれをしっかり受け止めること,尊厳と主体性を尊重することといった基本的姿勢を堅持しつつ,そこから得られる参加者ひとりひとりの学びとクオリティの高い情報発信で,活動の輪を広げ,資質を高めてゆく仕組みと流れを,さらに創り出していこうではないか。

神戸・週末ボランティア再生プロジェクトは,これからもさらなる前進を続けてゆくであろう。

(2008.12.12)

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